From Adelaide(アデレードより)

オーストラリアはアデレードより。国際結婚で戻ってきたアデレード。 英語、職探し、オーストラリアの事件、イベントなど気の向くままに書いております。

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その昔、留学したアデレード。
そこで知り合った現旦那と結婚。
こっちで正社員目指して頑張るはずが、今は週3日の仕事で満足してダラダラの生活。
こんなんでいいのか!?

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Evil - Human violence and cruelty -

実は犯罪の本ではなく、心理学の本。
最後に、Conclusion とかあるところが、学者さんの書いた論文かなあ、と思わせるけれど、非常に興味深く、 前々から読まないといけないな、と思っていた本。つか、旦那が持っていて、これは面白い、と云っていたのだ。 前にちょこっと読みかけて止まっていたが、ある日思い立って読み始めたところ、やっぱり面白くて、勉強になった。

タイトルが表す通り、悪とは何か、というようなことについて書いてある。
以前からずっと云い続けている通り、犯罪モノに興味がある、特に連続殺人に、というのは、どういう心理で奴らは殺人などしよるのか、 という部分なので、そこらへんをフィクションではなく、ノンフィクションを例にして説明してるところがいい。フィクションの悪を myth of pure evil と云い、現実とはどう違うのか、というところも触れている。
実はこれを読んでいる間、アメリカン・サイコを見たのだが、ああ、いかにもこれが、作り物のサイコパスだな、という感じを受けた。しかし、 それを踏まえても、アメリカン・サイコは不気味な映画だったが。(今でも思い出す、あのキャラ、強烈)

内容をなぞってもしょうがないので、一番興味深かったことを書くと、やはり連続殺人犯の心理。
連続殺人犯は、かなり長いこと、自分の殺人妄想を持っていて、それが溜まりに溜まって、殺人に至るものらしいが、最初の殺人は、 想像したものと違って、嫌な記憶になるらしい。と、テッド・バンディも云っていたらしい。
しかし、これが繰り返すことによって、だんだんと慣れてくる。
なんかこれは、酒や煙草と同じように、中毒の症状が現れる感じ。と考えると、ああ、そういう人が存在するのか。なんとなく分からんでもない、 と思う。(そもそも、なぜそんな想像するのかは分からんが)
ホロコーストでも、最初、処刑を命じられた兵士は精神的にショックを受けたが、繰り返すことで楽しみはせんだろうが、慣れてくる。

これには他の要素も絡んでくる。組織的な悪には、
自分が決定権を持っていないこと(自分の責任ではないこと)。
自分には拒否権がないこと(と思わされること)。
内容が曖昧で、悪いことをやっているという意識が全くないか、薄い。

殺人やって悪いことをやってる意識が全くないとは! と思うかもしれんが、だったら戦争は? ちゅう話である。自分の仲間、 というのがある場合、外にいる奴は全部敵! 敵は全員悪い! というグループ内の認識があると、自分の認識がどうであれ、 グループの認識に従うものでもあるらしい。
(勿論、全員が、ではない)
全て、注釈付きで、実在を例にとっている。

そう云えば、もう一つ、悪いことする奴の自己認識は低い、という昔からの定説をこの本はひっくり返している。ていうか、私も、 悪人のプライドが実は低い、という説を前々から不思議に思っていた。
どうしても、飛躍してる。納得できん。
でもこの本を読んで、やっぱりね、と思った。
悪人のプライドはアホほど高いのである。
だから、自己のイメージが、レベル10中10であると思っているのに、他人の評価が7だったり、8だったりすると、怒り狂うのである。 プライドを傷つけられるのが死ぬほど嫌いな悪人は、罰として自分を侮辱した人間に暴力を振るったりするのだ。無礼を働いたのは向こうだから、 自分はやり返す権利があると思う。(自己正当化!)言葉に対して暴力が、バランスいい仕返しかどうかはさて置いて……。

なわけで、大切なのは、自己抑止力である。
どんなに怒り狂っても、ギリギリで踏み止まる力である。(そんなわけにもいかない場合もあるだろうが)
殺人犯が、自分ではどうしようもない、抗いがたい衝動に駆られたのであると云うならば、 お前はどうして10人連続で誰にも見られず殺人を犯すことができたのか。抗いがたいとは、ずっと立ちっぱなしにさせられて、疲れ果て、 銃をつきつけられようがどうしようが、座ってしまうとか、トイレに行きたくて我慢出来ない、というようなのを云うのであって、 誰か見ているから止めとこう、と止められるようなものは含まれない、というのが著者の言い分で、全くそのとおりでござります。そこんとこ、 アメリカン・サイコでは最後のほうおまわりさんも殺してた。てかところかまわず人を打つもの、奴は。そんな奴はおらんやろ。 (かなり追い詰められていたとは云え)

そんなわけで、なんか日本で騒ぎになっている(ていうかネットだけなのだろうか? ネットぐらいしか情報ないんで)大津のイジメ事件。
いじめと云わず、暴力と云ったほうがいいのでは。いじめっていうと、なんか学校のガキ大将が、みたいなイメージだけど、質が全然違ってる。
あれを子供がやったことだと、何の罰も与えないでいると、ああこれはOKなんだ、ということで、エスカレートすること間違いなし。 反省しているようにも見えないし。(書いてあることが本当ならばだが)
家庭内暴力を振るう夫、児童虐待の母、全て、ずっと続けるのは、相手が許してくれていると勘違いするかららしいよ。眼が腫れようが、 青痣ができようが、別れず許し続けていたら、まあそりゃそう思うわな。虐待する母も、第三者が何も云わないと、これは実は私が悪くないからだ、 と勝手に拡大解釈してしまうらしい。第三者は悪事についてかなり重要なポイントであるらしい。
だから、例の中学生にはきっちりとそのような暴力はイケナイということを分からせないといかんと思うのだが、どうでしょう。 (云っただけではダメだと思う)

ということで、興味が湧いた方は、ぜひぜひ本を読んでみてください。
論文と思うとなんか難しそうですが、とっても読みやすいです。

Evil: Inside Human Violence and Cruelty
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